スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ダイヤ改正を五感で感じろ!日本列島縦断19日間(3月11日)

旅行16日目(3月11日)

0311001.jpg

最終の特急「ドリームにちりん」に乗車して一晩、いよいよダイヤ改正前日の3月11日。この日記を書いている現時点で3月11日は、忘れもしない東北地方太平洋沖地震が発生した日ですが、この時はそんな大災害が起こるなど予想だにしませんでした。


第123ランナー
8580M 宮崎空港線・日南線 普通(783系) 宮崎空港(6:43)→南宮崎(6:48)


0311002.jpg

さて、ダイヤ改正前日。ダイヤ改正を五感で感じるという、今回の旅行タイトルに書いてあることの一つの節目となるこの日の最初のランナーは、3日前にも乗った特急「ドリームにちりん」の折り返しである8580M。3日前と同様に一旦、南宮崎駅へと戻ります。


第124ランナー
5004M 特急「にちりん4号」(485系) 南宮崎(6:56)→延岡(8:09)


0311003.jpg

南宮崎から乗車するのは、3日前にも撮影した5004M 特急「にちりん4号」。九州の485系定期運用最終日にも当然のように485系をキッチリ撮影、乗車も楽しみます。なお、これ以降は3列車連続で485系に乗車していきますが、写真のレッドエクスプレス色の485系に乗るのはこの「にちりん4号」がラスト。

0311004.jpg

ちなみに「にちりん」の別府行き幕はここで初めて撮影しますが、時刻表にも別府で特急「ソニック」と接続していることが書かれているように、幕の方にもちゃんとその旨が書かれているんですね。


第125ランナー
5083M 特急「ひゅうが3号」(485系) 延岡(8:22)→宮崎(9:32)


0311005.jpg

さて、延岡にわざわざやってきた理由がコレ。2日連続でお会いしている485系国鉄色編成による特急「ひゅうが3号」。

ここまで国鉄色編成を都合良く追ってきたのは、事前にJR九州から運用が明らかになっていたからですが、運用が多い「にちりん」や「きりしま」、宮崎から「ドリームにちりん」に乗車するのと絡めやすい「ホームライナー」に対して、「ひゅうが」の場合はもともとの運用数が少ない上に、国鉄色編成が入るものとなるとこの「ひゅうが3号」のみになってしまうので、乗車・撮影共になかなか難しいのですが、そこは「ドリームにちりん」効果。最終日にきっちりと「ひゅうが」を仕留めておきます。

ちなみに「ひゅうが3号」自体は3日前に宮崎に来たときに撮影済みですが、あれは実は小手調べ。前々から宮崎では「ひゅうが」幕は撮影しにくいという噂を聞いていたので、それを確かめるためだったのです。

0311006.jpg

そしてこれが「ひゅうが」幕。後々合流する所長さんもコレを狙っていたみたいですが・・・。

0311007.jpg

「ひゅうが」の行先幕。これも485系で見られるのはこの日がラストです。

0311008.jpg

ちなみに「ひゅうが3号」の入ったホームにはこのような演出が。ここまで随分と485系を追いかけてきましたが、やはり最終日となると色々と凝った演出が仕掛けられていますね。

0311009.jpg

延岡から乗車した「ひゅうが3号」は日豊本線をひた走ります。行きの「にちりん」では反対側の座席に座ってしまったので見れなかった、かつてのリニアの宮崎実験線もしっかり記録。

0311010.jpg

所々に変な屋根が付いていたり、駅(?)っぽいものが見れました。

と、ここでこの日合流する予定の所長さんからメール。自分は「ひゅうが3号」と所長さんが乗った「にちりん8号」が佐土原で交換するので、てっきり佐土原で張っているんだろうな・・・と思っていたのですが、なんと「ひゅうが」幕が撮れないであろう宮崎に居られる、とのこと。所長さんは自分とは比べ物にならないほどの財政力の持ち主であり、それを使って昨年11月にも485系目当てに南九州を訪問済みということで、てっきり知っているものだと思っていたのですが・・・。

0311011.jpg

というわけで、やや予想とは違いましたが、宮崎で車内から所長さんを撮影。ちなみに逆に自分も撮られていたりします。


第126ランナー
6005M 特急「きりしま5号」(485系) 宮崎(9:37)→鹿児島中央(11:45)


0311012.jpg

3日前のものにも書いたように、特急「ひゅうが3号」は宮崎で列車名を「きりしま5号」と変更、485系3連続の〆として、同じ国鉄色編成のまま鹿児島へ向けて走ります。

0311013.jpg

「きりしま」の表示幕。ちなみに、自分はここでニアミスした所長さんに向かってホーム反対側から鹿児島に行きませんか?と誘ったのですが、あえなく断られました。まさか、この選択がこの後の二人の運命を大きく変えることになるとは、誰が予想したでしょうか。

0311014.jpg

なお、宮崎ではレッドエクスプレス色と国鉄色の並びも実現。・・・似たようなものを3日前に宮崎空港駅でやってはいますがつい・・・。

0311015.jpg

霧島の山を越えると列車は鹿児島県に入り、鹿児島湾には桜島の姿が。この日はこの後、この桜島の周囲をグルグル回るため、必然的に桜島の登場回数も多くなっていきます。

0311016.jpg

というわけで宮崎を出発して約2時間、終点の鹿児島中央駅に到着。これにてこの旅行における485系乗車は最後となります。最終運用にはまだ時間がありますが、一足先に「お疲れ様」と言ってお別れします。


第127ランナー
1339D(山川から5337D) 指宿枕崎線 普通(キハ40系) 鹿児島中央(11:53)→西大山(13:37)


0311017.jpg

最終日となった九州の485系を存分に堪能したところで、稚内から始まったこの旅行だからこそ、是非とも行っておきたい場所へと向かうため、鹿児島中央駅からは指宿枕崎線のキハ40系に乗車。いざ、最果てへと向かいます。

0311018.jpg

途中の前之浜駅では3342D 特別快速「なのはなDX4号」と交換。後々、この列車にも乗車することになりますが、今更ながら「なのはなDX」って特別快速だったんですね。特別快速としては、かなり存在感が薄かった、そんな気がします。

そして鹿児島中央駅を出発して1時間半、ようやく・・・

0311019.jpg

本土最南端の駅、西大山駅に到着!

最北端の稚内駅を出発して16日、長くて、でもあっという間の時間でした。
そして何よりも感慨深いのは、あの微妙に雪に覆われていた2本のレールは、本当にここまで繋がっているんだなぁ、ということ。ある場所は頑丈で、ある場所はちょっと頼りなかったりする2本のレールですが、それでもきちんと北から南まで繋がっている、それをはっきりと実感させられました。

0311020.jpg

ローアングルからもう1枚。薩摩富士が美しいです。
いやはや、本当に北から南までやって来ちゃったんだなぁ・・・。

0311021.jpg

例の切符と絡めて。本当はバックに写る「日本最南端の駅」というのはちょっと違うけど、最北からやって来た切符には間違っていてもこれはこれで良い感じ。

0311022.jpg

駅舎入り口。近年、微妙に整備されたようで結構綺麗でした。そして意外にも人が多い。まぁ目的はもちろん、最南端の駅での記念撮影なんですが。

0311023.jpg

ついでにこれもバックにして切符と1枚。ちなみにこの切符、この駅でやたら写真を撮られまくりました。そりゃ、なかなかいないもんなぁ、こんな馬鹿なことをするやつは。

0311024.jpg

丘の向こうに消える二条のレール。間違いなくこのレールは最北まで繋がっていました。


第128ランナー
5334D 指宿枕崎線 普通(キハ40系) 西大山(14:18)→指宿(14:36)


0311025.jpg

本日最大の目的である最南端詣でを終えたところで、ここまで来た道をキハ40系で引き返します。ちなみに、北から幾度となく乗車してきたキハ40系ですが、実はこの西大山から指宿で乗ったのが、この旅行における最後に乗車したキハ40系。
この車両の生息状況も、こうやって北から南まで縦断すると改めて驚かされるものがありますね。


第129ランナー
3346D 指宿枕崎線 特別快速「なのはなDX6号」(キハ200系) 指宿(14:41)→鹿児島中央(15:35)


0311026.jpg

指宿からは行きに前之浜駅でも撮影した、特別快速「なのはなDX6号」に乗車。この列車は2004年の九州新幹線新八代~鹿児島中央開業と同時に誕生した列車ですが、今回のダイヤ改正で特急「指宿のたまて箱」誕生に伴って廃止、指定席用に改造したキハ220も同時に運用離脱となっています。

個人的なことを言うと、特急「指宿のたまて箱」も快速、もしくはせめて急行にすべきなんじゃないかなぁ、と思ったり。特急料金を徴収するのはちょっとお高い気がします。

0311027.jpg

車窓からは再び桜島が見えます。そしてこの写真を撮っている、その頃に東北地方太平洋沖地震が発生しました。当時の自分は全くそんなことに気がつくはずもなく、車窓の鹿児島湾と桜島を堪能しておりましたが・・・。

0311028.jpg

終点の鹿児島中央駅に近づくと、車窓には鹿児島総合車両所が見えてきて、787系と485系の姿を捉える事ができました。

さて、鹿児島中央駅に到着後、本来の予定であれば都城くらいまで行って、宮崎を堪能している所長さんをお出迎え・・・というところだったのですが、実際は地震の津波の影響で全てが運休とのこと。所長さんも身動きが取れないということで合流は中止、別プランとして計画していた仙巌園(磯庭園)に行く事に。

正直、この時は何処で地震が発生したのかも分からない状況で「じゃあ、仙巌園に行ってくるか!」と軽く考えておりました。まさか、その時東北の各地ではとんでもないことが起きているなど知る由もなく・・・。

0311029.jpg

鹿児島中央駅からタクシーに乗車し、仙巌園で下車。
庭園自体を見る前に、隣接している尚古集成館を撮影。尚古集成館とはいわば薩摩藩の機械工場であり、日本で初めてアーチを採用した洋風石造建物であるのが特徴。国の重要文化財に指定されています。

・・・ぶっちゃけたお話、歴史には全く興味がないので尚古集成館についてはこれ以上は語れません(爆)

0311030.jpg

さて、本題の仙巌園へ。まずは重要文化財である鶴嶺神社を撮影。歴代の島津家当主を祀っている神社で、創建当時は竜尾神社と名乗っていたそうです。

0311031.jpg

次に見えてくるのは薩摩藩五十斤鉄製砲。復元ではありますが、非常に大きい大砲です。こんなものを使っていたんですなぁ・・・。

0311032.jpg

反射炉跡。反射炉とは鉄製の大砲を鋳造するために作られたもので、先ほどの大砲もここで作られたのだとか。

0311033.jpg

ちなみに中はこんな感じ。

0311034.jpg

島津家水天渕発電所記念碑。水天渕発電所とは、島津家が所有していた山ヶ野金山に電力を供給するために、1907(明治40)年に建てられた発電所で、昭和58年まで現役で使われていたとのこと。

0311035.jpg

激しく逆光ですが正門。
薩摩藩最後の藩主である島津忠義の夫人らが1872(明治4)年に鶴丸城から磯に移住、その後島津忠義自身も1888(明治21)年に鹿児島に移った際、1895(明治28)年に鹿児島の大工、大重伊三次に建てさせたもので、島津家の家紋が彫ってあるのが特徴。

0311036.jpg

庭園の入り口にあるのがこの錫門。
かつて薩摩藩の特産品であった錫で屋根を葺いた朱塗りの門で、錫瓦葺きの門としては唯一のもの。1848(嘉永元)年の庭園拡張までは庭園の正門としての役割を担っていました。

0311037.jpg

錫門をくぐると目に入るのは御殿。
1658(万治元)年に島津元久が建てたというのが始まりとされ、廃藩置県後に居城である鶴丸城が島津氏の手から離れ磯に移った後、この御殿も一時期は島津氏の住まいとなったとのこと。

0311038.jpg

そして一番の見所である庭園からの風景。
借景技法を用い、桜島を築山、鹿児島湾を池と見立てた景色は歴史に全く興味がない自分もオススメする、非常に素晴らしいものです。しかも桜島は活火山のため、山の形状(噴煙など)が時間ごとに変化するというのも面白い。
庭園の時系列変化というと季節変化ぐらいしか思いつきませんが、ここの風景は刻一刻と変化し続ける、いつ見ても飽きない風景でございます。

なお、この時鹿児島湾には例の地震による津波警報が発令中。一見すると非常に穏やかな風景ですが、実はかなりエマージェンシーな状態なわけです。後から知ってゾッとしましたね・・・。

0311039.jpg

望獄楼。薩摩藩十九代島津光久の時代に琉球国王から贈られたとされる建物で、藩主が琉球使節と面接する際に使用されたらしいです。

0311040.jpg

発電用ダム跡。二十九代島津忠義が建造した工場「就成所」の送電発電用貯水槽跡だそうです。ちなみに発電方式は水力発電で、落差を利用して水車を回転させる・・・といったもの。実際は就成所以外に邸内の灯りにも、ここで発電された電力が使われていたそうです。

0311041.jpg

茶室「秀成荘」「徒然庵」。
古っぽい建物ということで撮影してみましたが、実際は昭和62年に建てられたもの。よくよく見ると、部分部分で現代でも見られるテイストがありますね・・・。急いでいたから気付かなかった…。

0311042.jpg

曲水の庭。
古代中国で発達した庭で、上流から流された酒盃が前を流れすぎないうちに詩歌を作り、盃を取り上げて酒を呑むという、曲水の宴というのが開催されていたとのこと。現在ではここの曲水の庭が原型を残す唯一のものだとか。

0311043.jpg

江南竹林。
二十一代島津吉貴が琉球国を通じ、中国から竹二株を取り寄せて移植したもので、日本における孟宗竹の歴史における始まりとなった場所。
ただこの孟宗竹、外来種ゆえに繁殖力がめちゃめちゃ強く、日本固有の真竹を追いやる勢力になっているんですよね・・・。しかも竹林は枯れるときには一斉に枯れるという特性があり、土壌流出を食い止める植物じゃないというのが少々厄介な点になっていたり。

0311044.jpg

猫神。我が家にも猫がいるので撮影したのですが、これは十七代島津義弘が文禄・慶長の役において、朝鮮半島に七匹の猫を連れて行き、瞳孔の開き具合から時刻を推測、その際に活躍した二匹の猫が生還し、その猫が祀られているとのこと。

0311045.jpg

最後に仙巌園上部から桜島を。今回は大急ぎでの見学となりましたが、また今度はゆっくり見学したい庭園ですね。


第130ランナー
鹿児島市交通局 カゴシマシティビュー(城山・磯コース) 仙巌園前(17:55)→鹿児島中央駅(18:20)


0311046.jpg

仙巌園を大急ぎで見学した後は、鹿児島市交通局が運行する観光用の周遊バス「カゴシマシティビュー」の最終便で鹿児島中央駅へ戻ります。本当は行きでも乗る予定だったのですが、ゴタゴタで乗り遅れてしまったというのは秘密。

0311047.jpg

鹿児島中央駅に戻ってくると、九州の東半分の鉄道は津波警報で完全にマヒ状態。所長さんとも連絡がつかない上に、Twitterなどでその被害の大きさが関東にも及んでいるとのことが徐々に判明、家族の安否も気になってきます。

とは言っても駅では出来ることが無いので予定通りホテルにチェックインし、テレビを点けるとそこに映るのは津波に飲み込まれる家や車といった、まるで映画でも見ているんじゃないかと思うような被害状況。これはやばいと思い、何としても家族の安否が知りたいので何度か連絡を試みると電話が通じ、とりあえず無事である事と自分の部屋がめちゃめちゃになっている、という情報を聞きます。

通信網が混みあっているのは明らかなので、余震に注意してくれと、自分は大丈夫ということを伝え、電話を一旦切断。すると今度は宮崎に居られる所長さんからのメールが着信、鉄道が止まっているのでバスで移動するという旨を知り、こちらも一安心。

0311048.jpg

最低限の安否確認は出来たので、まずはやることを。
駅に戻るとこの日のみ運転される787系によるホームライナーが停車中。動かないだろうな・・・と思っていたものの、鹿児島本線と九州新幹線は通常運行ということで、1日限りの787系ホームライナーを撮影します。

0311049.jpg

ちなみに自分が着いたときには幕回しが行われ、この日限りで消滅した「リレーつばめ」の新八代表示を鹿児島の地で見ることが出来ました。

0311050.jpg

なお、787系にはホームライナー幕が無いので残念ながら白幕での運転。
これはちょっと期待外れだったなぁ。

0311051.jpg

仕方がないので駅の電光表示と787系を絡めて撮影する事に。

0311052.jpg

階段からもういっちょ。

災害が起こる中、不謹慎だと思いつつもダイヤ改正前日の記録をし、再度ホテルに戻ると所長さんから鹿児島に着いたと連絡を受け、駅までお出迎えし感動の再会を果たします。そして所長さんがホテルのチェックインを終えたところで再び駅へ。

0311053.jpg

この日のラストは新八代乗継が行われる最後の列車である「つばめ100号」のお見送り。明日からは「つばめ」ばかりだったこの電光掲示に「みずほ」と「さくら」が加わります。

0311054.jpg

「リレーつばめ」と連絡している旨の表示もこの日がラスト。

0311055.jpg

ダイヤ改正前にこのような大災害が発生したことに不安を抱きながらも、ダイヤ改正前日の夜は更けていくのでした・・・。

←15日目(3月10日)へ
→17日目(3月12日)へ

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2011/07/03(日) 21:58:41|
  2. 鉄ヲタの鉄道の話題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<ダイヤ改正を五感で感じろ!日本列島縦断19日間(3月12日) | ホーム | 縁のある車両が引退するということで・・・>>

コメント

ヤツメウナギさんこんにちは、ダイヤ改正前日は
485系沢山乗られてよかったですね。羨ましいです。
他にも西大山駅やなのはなDXも乗られたのですね。
確かにこの日は本当にこんな大惨事が起こるなんて
思いもしなかったです。ご家族が無事でよかったです。
  1. 2011/07/05(火) 20:02:12 |
  2. URL |
  3. 国鉄車両好 #SZUKa6Yc
  4. [ 編集]

>国鉄車両好さん
コメント返しが非常に遅くなってしまい申し訳ありません。
最近はなかなか忙しく、記事更新後すぐに寝てしまったり、バイトだったりといった日々が続いておりまして・・・。

改正前日の地震は自分も衝撃が走りましたが、行程としては殆ど影響が無く、そういった点ではまさに奇跡というべき旅行でした。

逆に、地震の影響をモロに受けてしまった所長さんは非常に大変な思いをされたようで・・・。

このような惨事は二度と起こらないことを祈るばかりですが、日本という場所に住んでいるが故にこういうことはこの先も避けられないんでしょうね・・・。
  1. 2011/07/11(月) 23:53:35 |
  2. URL |
  3. ヤツメウナギ #Q3GCKOb2
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://yatume.blog64.fc2.com/tb.php/1257-1f4595aa
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ヤツメウナギ(グロッグフロッグ)

Author:ヤツメウナギ(グロッグフロッグ)
鉄ヲタ学生のブログへようこそ。
鉄ヲタなりの日常をツラツラ書いていこうかと考えております…。

ちなみにHPではグロッグフロッグと名乗っております。。。ややこしくてすみません('A`)

Twitter

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

国盗りカウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。